雨乞山には夕日が沈んで

細く長く、地元の昔話を読んだり実際に見に行ったりしています

『四不語録』のこと

浅香久敬(山井)*1が著した奇談集のこと。

作者の浅香久敬は六百石拝領の加賀藩士であり、加賀藩四代藩主*2前田綱紀*3に仕える。
『四不語録』の他にも『三日月の日記』『能登浦伝』などの紀行文、江戸時代最大級の徒然草注釈書『徒然草諸抄大成』も残している。
藩士としては能登・京都への滞在、綱紀の参勤交代に随行などしている。

『四不語録』は朝香久敬が60代の頃に書かれたとされている。
国書総目録』によると加越能文庫にあるとされているが、加越能文庫には現存はしない。*4
元々はかなりの数の話が書かれていたそうだが、今では散逸し怪談話の部分しか伺えず、それも写本でしか残っていない。

【関連】
私のための四不語録のタイトルメモ - 雨乞山には夕日が沈んで

【参考】*5
川平 敏文(2000)「浅香久敬--元禄加賀藩士の前半生」『語文研究 (90)』pp 1-15.九州大学国語国文学
川平 敏文(2001)「浅香久敬--元禄加賀藩士の後半生」『語文研究 (91)』pp 22-37.九州大学国語国文学

*1:と書かれている本もある。

*2:加賀前田家としては五代目となる。幕藩体制が成立する前に前田利家公亡くなってるのに「加賀藩五代」とか書かれたりする。何なの?藩主も追号できるの?

*3:学問好きで東寺百合文書に桐箱を贈ったりしている。お生まれになった時に父・光高公は喜びの歌を詠んだり参勤交代で猛スピードを出したと残されている。他にも兼六園の元になった庭園を作ったのもこの方。

*4:玉川図書館行った。確認した。がっかりした。

*5:参考文献の書き方ってこうだっけ?