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雨乞山には夕日が沈んで

わたくしのふるさとってこんなおはなしがあるところ

アクセス解析にあった「石川県七尾市中島町豊田」のこと

やる気とネタがあるときにしか書かないこのブログなんですが、久しぶりにアクセス解析なんてものを見てみたら「石川県七尾市中島町豊田 伝説」なんてログがありました。わお、とってもピンポイント!そんな方々へつらつら書いてみますよ。
うろ覚えと手元の資料だけで書くので、補完して参考にしてくださいませませ。

豊田の地名

今でも「トイタ」と発音する人がいるが、これは幕末辺りに書かれた『能登志徴』でも「発音がおかしい」とかあるんですが、数百年そう発音していたら、「トヨタ」でも「トイタ」でもどっちでも正解だよ、って言う気になります。
「トイタ」と発音するのは、いまの金沢市戸板の辺りの武士が治めていたための名残だそう。
となりの豊田町は豊田から独立した地区である。安土桃山~江戸初期の間に独立はしたらしいが、何時なのかははっきりしてない模様。
あの辺りの地域の名前『豊川』は、特に大きな村だった豊田と土川からとって付けられたとのこと。


偉人的な人

左近

能州太守畠山氏への娘をお嫁を出した名士がいたよ、とか物の本には書いてある人。でも、勘違いか何かでそんなことはないだろうと同じ物の本にも書いてあります。

豊田孫三

多分「とよたのまごそ」*1と読むんだろうなあっていう、江戸末期の方の豪農。前田藩の「藩にはお金が無いから地元の豪商に開拓とかしてもらおう」ブームに乗っかった一人であり、銭屋五兵衛とは違い、いい感じに失脚せずに済んだ模様。
むかしむかし、現・豊川公民館、旧・豊川小学校の建つあたりまで海が入り込み周りの多くも湿地帯だったのそうで*2、その一帯を開拓して田んぼにしたという偉人であり、いまでも石碑が存在する。
多分、いまでもお墓がちゃんとある。私が小学生の時はちゃんとあったから、未だあるはず。

笠松甚五兵衛

これは殆どの人が知らないだろうし、お話知ってても名前までは覚えてないだろう。
四不語録に載っている『黒手切り』に出てくる侍で、豊田らへんに出た妖怪黒手に絡まれたりしたお侍。
長連龍(法名 如庵)の家臣だそうで、長家と関わりがあって豊田なので、もしかしたら武装農民とかその辺の延長線上にあるような人だったのかも。

民話とか

石だんす

今で言う願成寺山らへんにあったという宝物が入っていらしいう岩。祖母が子供の頃、それっぽいタンスのような四角い岩を見たそう。
ちなみに、石だんすに入っていた宝物は海賊*3が置いていったものだという。

嫁が淵

嫁いじめのお話。
日用川に大蛇の住むような深い場所だったそうだが、今ではそんな面影を残す所なんざ無いような気が。布掛山*4の地名の縁起伝説でもある。

出来事

アンチ上杉一向一揆*5

上杉謙信能登侵攻の際、長続連*6に呼応して一向一揆を起こし上杉軍とやりあっています。

出てきた妖怪

黒手

四不語録の『黒手切り』に詳しい。『能登志徴』にも「豊田ってココだよね?」とかいてありますので十中八九この豊田でしょう。
作中に出てくる妖怪なのか幻術なのかよくわからない袋ですが、豊田と如庵の館があった田鶴浜との間と考えたら笠師地区の山道での出来事だったりするんじゃないかしら。

みそし

所謂カッパ的なの。よくあるカッパらしい妖怪として駒引している。*7
獰猛なかわうそ(妖怪のほう)の類が出たお話は今のところ見かけていない。*8


関係ありそうな記事
黒手のこと - 雨乞山には夕日が沈んで
石だんすのこと - 雨乞山には夕日が沈んで
河童のこと② - 雨乞山には夕日が沈んで


追記(2015.08.09)
・豊田孫三のお墓、今でも場所もはっきり分かるそう。
ちなみに、毎年、慰霊祭というか「あんたは偉い!」的なお祀りをしているそうです。
・誤字も直しました。

*1:忍たま乱太郎のきり丸のお名前と同じ仕組み

*2:だから海神を祭ってる住吉神社があんな所にあるようで

*3:これも結構海が入り込んでいたという名残のお話

*4:言って通じる人が後10年ぐらいで8割ほどいなくなりそうな気がする

*5:正式名称知らない。そもそもあるのか?

*6:長連龍の父親太閤立志伝でプレイできる。ステは平々凡々。能登畠山氏関連の武将としては連龍の次ぐらいに使える

*7:日用川・町口橋などとっても縁がありそうな名前だと思う

*8:もうちょっと川を逆上った土川はカワウソの類が出てる