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雨乞山には夕日が沈んで

わたくしのふるさとってこんなおはなしがあるところ

かわうそのこと②

「作物荒らすの何だろね?」という会話をしていたら、
ひょっこり祖母から出てきたうちの曽祖父のかわうそ体験談である。

大して怖くはない部類の妖怪譚ではないかしら?

昔々、たぶんきっとまだ明治の頃。
末っ子長男で跡継ぎだった曽祖父は、
お姉さんの結婚式に参加するためにお姉さんの嫁ぎ先へと行きました。
お姉さんの嫁ぎ先はお山を一つか二つか越えたあたりで、
今でも1~2時間ほどで歩いていけるけれども、
少しばかり人気のない薄暗い山道を通らないと行けないような地区です。


日が暮れるような頃に結婚式の宴席も終わりまして、
曽祖父はその日のうちに引き出物を担いで家に帰ることとしました。
暗い夜道、しかも山道を歩いている辺りになにやら背中が少しうるさいような気もしたそうですが、
人気がない山道とはいえ木々がざわめいたりして静かではないことはオカシイことではないのでさっさと家に帰ることにしたそうです。


で、家に帰って引き出物を見てみると、食べ物が食い荒らされていました。
どうも山道を通った時にカワウソに化かされてごちそうを取られていたとのことです。
あぁ、せっかくの美味しいご飯が惜しいこと。


祖母が「最近、かわうそが出たとか聞かないね」とか言い出すし、
「昔はこの辺でもニホンカワウソよく見かけたのかしら?」とか思ってたら話す内容がこんなのだし、
なんかもうだいぶボケてきちゃったのかしら?とか孫はすこしばかり憂鬱です。


【関連】
かわうそのこと - 雨乞山には夕日が沈んで

もんにゃのこと

どんなものかはよくわからない。
単語の使い所としては「いい子にしてないともんにゃが来るぞ!」という、
「いい子にしないとおばけが来るぞ!」と同じように使う。
要は怖い何かヒトでないものの模様。


うちの祖父母の会話に出てきた何かなのだけども、
うちの祖父母は妖怪っぽいサムシングの名前は知ってても、
「そういうもの」だということしか覚えてないので、
「どういうもの」かが分からない。
困ったことだこと。

石川県道192号のこと

通ってみた時のこと
石川県道192号を行ってきた(廃村もあるよ) - 雨乞山には夕日が沈んで

ウィキペディアによれば、1973年(昭和48年)に認定。
しかしこの年は192号線を経由しなければ行けない村・須久保*1にあった釶打小学校須久保教場の閉校の年でもある。
何故もうちょっと早く認定しなかったのか。

全長12キロほどだが、始点からの約7キロは冬季閉鎖区間である。
残る5キロは人里があるが、過疎地であるせいか、全体的に寂しい雰囲気であると否めない。


険道県道として認定される前から主要道であったらしく、
民話にも「中島の河内から穴水の河内を結び道」として出てくる。

かつての旧中島町が編纂した民話集「いろり火」に目を通すと、
この道が舞台となったお話が3話ほどある。
しかし、そのいずれも魑魅魍魎が出たというようなものである。
今も昔もそういう道らしい。

【参考】
釶打小学校/七尾市

*1:他にも道はないこともないけれども、現在でもマトモに通れるのはココぐらいだと思う。

天狗が出たっていう天行寺峠を行ってきた

雪も消えたし、冬季通行止めも解除されていく時期がやってまいりました。
そんな時期にもなるとお布団から出るのも苦痛ではなくなってきたわけなので、ドライブに行ってまりました天行寺山


天行寺山は天狗が出たという素敵な民話が残る場所であります。
上の地図だと「天行寺山」の文字のあたりにある白い道が、志賀町七尾市のほうからそれぞれ伸びてきてお山の上で途切れているように書かれています。
実際には全線舗装されており、快適に運転出来ました。

まずは七尾市中島町笠師からスタート。
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入り口近くは人里からそこそこの距離があるせいか休耕田ばかりでした。
もっと作業しやすい所に十分田畑あるもんね、仕方ないね。

道はというと、道路一面杉の葉や小枝で覆われてて、自動車の轍の跡がちょうど舗装面が見えているという、よくある林道というかんじ。
さほど個性らしい個性は正直ありません。
ただし、こちらの天行寺山峠は峨山道なので、こんなものがちらほらありました。
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峨山道やトレイルランについては以下のサイトを見たほうが早いです。
gasando.info
(ちなみに、開催時期は秋に変更になった模様)
以前、祖父から「その昔お坊さんが毎日この道を通ってた」とは聞いてたのですが、これなのかとしみじみ。
今じゃこんなに立派な獣道ですね。
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たまに峨山道だってのはありましたが、そのほかは特に何もなく坂道を登ってくだけです。
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マップにも載ってた脇道がありました。
この写真は志賀町方面から七尾市方面に振り返るようにして撮ったものです。
電波が届いていたので、Google Map使って確認しますと、ちょうど七尾市志賀町の境のような所で、ちょうどそこを過ぎると残りは下り坂の模様です。
脇道を行けば以前にも聞いたお地蔵様の祠にお参りできるのかしらと行ってみましたがお参りは出来ませんでした。
どうやら送電線のメンテナンスなどにも使われている道のようで、途中チェーンで封鎖されていたり、人も車も通らなさすぎてとてもじゃないけれども軽乗用車では移行と思えない道だったり。
多分、昔からの峨山道になる道を行けばお地蔵様の祠はあるんじゃないのかなぁ…装備を揃えたい。

上りからそうだったのですが、下りも木々に光を遮られて薄暗い道ばかりですが、木々が開けて明るい場所へとでてきます。
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のと里山海道が通っているからですね。
いつもは上から見下す場所を、下から見上げながら道路をくぐっていきます。
里山海道をくぐってからの坂道は結構緩やかです。

あとは明るくて綺麗な道を下っていけば、志賀町矢田が見えてきます。
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矢田のほうは現役の田んぼがあって、良いですね。
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笠師のほうはもうちょっと木々も鬱蒼としてたもの。
結局会えなかったけど、「うん、天狗……もしかしたらいるかな?」とかおもったもの。


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もう春になったことだし、城跡とか色々足を伸ばしたくなりますね。

廃村・集落跡へと行くには

週末、お天気が少々良かったので七尾市志賀町にある廃村を目指してウロウロして、得たことをちょっとメモです。

グーグル・マップはアテにするな

航空写真なんどを使って場所の検討を付けたりするのにはとても便利ですが、ルート案内だけはいただけません。
Google Mapsに載っていない道を使ったほうが行きやすいことも多々あります。
あと、電波が届かない所では現在位置は分かっても道が確認しづらいですし。

天気の悪い日の後には行かない

廃村への道は大体舗装されていないので、当日は晴れていても道がぬかるんでいたり、雨水が小川を作っていたりします。
水たまりも、道路が少しくぼんでるなんてものでなくて、子供用のビニールプールぐらい広さがあるんじゃないかというような穴だったりするので。

電柱・電線を辿れ

廃村や集落跡から人々が去っていった時代は高度経済成長期ぐらいが多いようでして、かつて電気が通っていたところがほとんどです。
なので、今更電柱を撤去するのもアレなのか、結構残っているのです。

小川を上れ

やはりお水は生活に欠かせないので。やはり直ぐ側に川があるものなのです。
川もただ流れていれば良い、というものではありません。
生活に使いやすい、そこそこの浅さでそこそこの穏やかさを備えたものでなくてはならないようです。
川でなくても、水路というか、明らかに「水が流れていた」んじゃなくて「水を流していたんだな」というような雰囲気も大事です。

石を確認

「どこの石」というのではなくて、全体的に人工的な石があるかどうか確認をすることです。
たとえば舗装されていない道に転がるなんか石畳っぽい感じで敷かれていそうな石とかそういうの。


何となく「あ、この道アタリかも」みたいな勘も養われてきたような気もするのだけども、以上のことは忘れないようにしようと思います。

大蛇について先程聞いたばかりのお話のこと

祖父が生まれた地域の堤についてのお話を見かけたので、祖父に「あの堤って大蛇が出たという話があるの??」と聞いてみたところ、「ちょっと違う地区だから聞いたことがないが、他の堤の大蛇の話なら聞いたことがあるぞ」ということで、この記事を書いてる30分ほど前に以下2つのお話を聴いてきました。

祖父の祖母から聞かされたお話

私の高祖母に当たる人から、子供の頃に聞かされたというお話である。
以下、祖父の祖母を婆様と書く。*1

祖父の家の近くの山の中に牛ヶ淵という堤がある。
ある日、婆様の父(それか旦那に当たる人。祖父曰く、どちらかわかりにくい呼び方だったらしい)は堤の近くで木に登って枝打ちをしていた。
何の気なしに堤を見ると、水面がやけに波立っているのが気づいた。
最初は「水鳥(婆様の話では、もっとちゃんと鳥の名前を呼んでいたらしい)の群れでも来たのだろうか?」と思っていたそうだが、何だかおかしい。
段々と姿がはっきりしてくると、堤を波立たせていたのは真っ赤な口を大きく広げた大蛇だったそうだ。
それをみるや、木から慌てて下りて一目散に家へ逃げ帰ったという。

まぁ、婆様が昔話にしてるし、私がこうして生まれているので、無事に逃げ帰れた模様。

最近、奥吉田地区の人から聞いたというお話

今もあるという奥吉田地域の人から聞いたというお話。
祖父曰く、本当に割りと最近、人から聞かされたとのこと。
但し、祖父の「最近」は、延喜式に載ってるような神社の安土桃山・江戸ぐらいに起きた出来事にも使われるのでちょっと怪しい。

少なくとも今よりも昔のこと。
奥吉田地区のある人が薪を拾いに山に入ったそうだ。
せなこう*2一杯に薪を積んで、上に笹もかぶせ*3、しっかり紐も括りつけ、さあ後は背負って帰るだけだ、という時にものすごい音が響いているのに気づいた。
何の音なのかとまとめた薪の向こうを見ると、大蛇が大イビキをかいて眠っているのが見えた。
その人は、薪も持たずに慌てて家に逃げ帰ったそうだ。

それから、数日後のこと。
大蛇は怖いが、せなこうに沢山載せて後は持って帰るだけの薪はとてももったいない。
そういうわけで、逃げ帰った人は、近所の人に理由を言わずに、「山の中に薪を置いてきたんだが、取ってきてくれないか?」と頼んだらしい。
その近所の人は了解して取ってきた薪を渡した時だかその後だかにその話を聞かされたという。

で、祖父はその薪を取ってきた近所の人からそのお話を聞いたらしい。



以上、つい先程祖父からお話2つである。

ちなみに、祖父から以上の2つのお話の舞台のお山は同じお山である。

*1:祖父が○○の婆様と呼んでいたので。

*2:背負子のこと。漢字は不明。ここらへんの方言でそう呼ぶらしい。私は使う場面が無いので知らなかった

*3:防水用の笹である

石川県道192号を行ってきた(廃村もあるよ)

暇だったので、そこそこの険道であるらしい石川県道192号をドライブしてみました。

石川県道192号河内藤瀬線 - Wikipedia

正直写真はあまりありません。
地図も持たずに、スマホのアプリを頼りに進んだのですが、途中から山奥なのでロクに通信も出来ず、頼りになりませんでした。
こういうのがデジタル化の弊害というヤツですね。

兎に角。
スタートは終点である七尾市中島町藤瀬の県道23号線との交差地点からです。

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